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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1480号 判決

原告

練馬交通株式会社

代理人

後藤獅湊

被告

渡辺勲

代理人

坂本福子

椎名麻紗枝

主文

被告は原告に対し金二万六九六三円およびうち金七四九三円に対しては昭和四三年二月二七日以降、うち金一万九四七〇円に対しては同年八月一六日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

(原告)

1  被告は原告に対し二九万八八六〇円およびうち七万七七二〇円に対しては昭和四三年二月二七日以降、うち二二万一一四〇円に対しては同年八月一六日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  請求の原因

一  被告は、昭和四〇年九月一日原告会社に入社し、タクシーの運転手として稼働していたのであるが、いずれも原告会社所有の車輌に乗車して原告の業務を執行中、次のような交通事故を発生させた。

(一)  第一事故

1 昭和四一年一月一三日午後八時ごろ、東京都豊島区要町二三番地先交差点において、被告運転の原告車輛(練馬五こ二八〇八号)と火災報知機株式会社の軽自動車(品川六け七七二号)とが出合頭に衝突し、この結果原告車輛が破損した。

2 被告は、右事故の発生につき、一時停止義務および左右の安全確認義務に違反する過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条により、右事故によつて生じた原告会社の損害を賠償する責任がある。

3 右事故により原告会社が受けた損害は次のとおりである。

修理費二万七八〇〇円

(二)  第二事故

1 同年三月一五日午前〇時三〇分ごろ、東京都豊島区椎名町環状六号線西池袋線陸橋路上において、被告運転の原告車輛(練馬五こ二〇三〇号)が新田交通株式会社の車輛(足立五え一三九〇号)に追突し、この結果双方の車輛が破損した。

2 被告は、右事故の発生につき、前方不注視の過失があつたから、不法行為者として同法七〇九条により、右事故によつて原告会社および相手方に生じた損害を賠償する責任がある。

3 右事故により原告会社が受けた損害は次のとおりである。

修理費五万七六六〇円

このうち損害の填補を受けた額は次のとおりである。

保険金三万四五一〇円

また、右事故により相手方が受けた損害は次のとおりであるが、原告会社は、相手方に右損害を賠償したことにより、被告に対し同額の求償権を取得した。

修理費一万八五〇〇円

原告会社が被告に請求しうべき金額は、以上によると、四万一六五〇円であるところ、同年三月二七日被告から三〇〇〇円の内入弁済があつたので、これを控除するとして、三万八六五〇円となる。

(三)  第三事故

1 同年五月一七日午前三時三〇分ごろ、東京都墨田区本所吾嬬橋三丁目路上において、被告運転の原告車輛(練馬五こ二〇三〇号)が都電の安全地帯に接触し、この結果原告車輛が破損した。

2 被告は、右事故の発生につき、前方不注視の過失があつたから、不法行為者として同法七〇九条により、右事故によつて原告会社に生じた損害を賠償する責任がある。

3 右事故により原告会社が受けた損害は次のとおりである。

修理費五万五一五〇円

このうち損害の填補を受けた額は次のとおりである。

保険金三万四八八〇円

原告会社が被告に請求しうべき賠償額は、以上によると、二万〇二七〇円であるところ、被告から同年五月二七日三〇〇〇円、同年七月一一日五〇〇〇円、同年九月二七日一〇〇〇円の内入弁済があつたので、これらを控除するとして、一万一二七〇円となる。

(四)  第四事故

1 昭和四二年二月二日午前一時一五分ごろ、東京都豊島区巣鴨町二丁目二二七六番地先交差点において、被告運転の原告車輛(練馬五き七三八六号)が桜井末夫運転の個人タクシー(練馬五・五二二一号)に追突し、この結果右タクシーの乗客永田操が傷害を負い、双方の車輛が破損した。

2 被告は、右事故の発生につき、前方不注視の過失があつたから、不法行為者として同法七〇九条により、右事故によつて永田操、相手方および原告会社に生じた損害を賠償する責任がある。

3 右事故により原告会社が受けた損害は次のとおりである。

修理費六万三八五〇円

相手方が受けた損害は次のとおりであるが、原告会社は、相手方に右損害を賠償したことにより、被告に対し同額の求償権を取得した。

修理費五万三一二〇円

また永田操ほか一名が受けた損害は次のとおりであるが、原告会社は、右両名に右損害を賠償したことにより、被告に対し同額の求償権を取得した。

慰藉料等合計五一万七八七〇円

このうち損害の填補を受けた額は次のとおりである。

保険金四〇万九七〇〇円

原告会社が被告に請求しうべき金額は、以上によると、二二万五一四〇円であるところ、同年二月二七日被告から四〇〇〇円の内入弁済があつたので、これを控除するとして、二二万一一四〇円となる。

二  よつて、被告は、原告会社に対し、二九万八八六〇円およびうち前記(一)ないし(三)の合計七万七七二〇円に対しては訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月二七日以降、うち前記の二二万一一四〇円に対しては同年八月一六日以降各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第三  被告の事実主張

一  請求原因に対する認否

被告の入社年月日および職種、原告会社所有の車輛に乗車して原告会社の業務を執行中、第一ないし第四事故が発生したこと、第二、第四事故の発生につき、被告に原告会社主張の過失があつたことは認める。第一事故の発生につき、被告に過失があつたこと、被告が内入弁済をしたことは否認する。損害の発生および数額の点は知らない。

二  抗弁の要旨

(一)  労働契約上の抗弁

タクシー業界においては、運転者が業務の執行中に交通事故を発生させた場合、会社は、運転者に対し損害の賠償もしくは求償を請求しない慣習がある。乗客の輸送により利潤をあげている会社が事故の危険を運転者に負担させることは、あまりにも不公平だからであるが、右慣習の存在は、原告会社にかぎらず、運転者で損害賠償等の請求を受けた者は、被告を除いて皆無であること、原告会社には、運転者が事故を起し、会社に損害を与えた場合、その月の月給から無事故手当二〇〇〇円(第四事故当時は三〇〇〇円)および愛車手当一〇〇〇円が差引かれ、損害額が一万円を超える時は、一時金から最高五〇〇〇円の限度で差引かれることになつており、現に被告は、第一ないし第四事故を発生させた月々に、右手当を差引かれたほか、第三事故に関し同年夏の一時金から五〇〇〇円を差引かれたことなどからみて明らかである。被告は、黙示的に右慣習による意思を表示して原告会社との間で労働契約を締結したのであるから、右契約上、原告会社は、被告に対し損害賠償等の請求をすることはできない。

(二)  権利の濫用

運転者が業務の執行中に発生させた事故につき、使用者が運転者に対し損害賠償等を請求することは、権利の濫用として民法一条三項に違反する。殊に、原告会社の本訴請求は、原告会社が昭和四二年七月四日に行なつた解雇処分に対し、同年一二月被告が地位保全の仮処分申請をなしたことに対する報復手段であり、右違反は顕著である。

第四  抗弁事実に対する認否

いずれも否認する。

第五  証拠関係〈略〉

理由

一請求権の発生

被告が、昭和四〇年九月一日原告会社に入社し、タクシーの運転者として原告会社の業務を執行中、第一ないし第四事故を発生させたこと、第二、第四事故の発生について、被告に前方不注視の過失があつたことは当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、被告には、第一事故の発生につき一時不停止の過失があり、第四事故の発生につき前方不注視の過失があつたこと、第一ないし第四事故により、被告運転の各原告車両が破損したこと、第二事故では相手方車両も破損したこと、第四事故においては、相手方車輛が破損するとともに、同車両の乗客水田操が傷害を負つたことが認められる。

以上の事実によると、被告は、不法行為者として民法七〇九条により、第一ないし第四事故によつて原告会社に生じた原告車両の破損による損害および第二、第四事故によつて右第三者に生じた損害を賠償する責任がある。また、右第三者に生じた損害については、自賠法三条もしくは民法七一五条一項により、原告会社にも賠償責任があるところ、原告会社の右責任は原告の不法行為により発生したものであるから、被告は、原告会社との間の労働契約上の債務を本旨に従つて履行しなかつた者もしくは不法行為者として、民法四一五条もしくは民法七〇九条により、原告会社に対し、原告会社が第三者に対して右損害賠償債務を負担したことによる損害をも賠償する責任があるといわなければならない。

なお、以上のように、使用者が被用者に対して有するいわゆる求償権の内容は、民法七一五条三項を請求権発生の根拠規定とする特殊な請求権ではなく、債務不履行もしくは不法行為に基づく損害賠償請求権にほかならず、その意味では、原告車両の破損による賠償請求権と第三者に対して債務負担したことによる賠償請求権とを区別して取扱うべき理由はないものと解するのが相当であるが、後者の請求権は、使用者が第三者である被害者に対して一旦賠償額を支払う点で損害の発生態様に特殊性があり、その意味では、区別を要する場合もあるので、以下においては、単に請求権という場合、両者を含むものとし、特に必要な場合は、通常の用語例に従つて、後者の損害賠償請求権を求償権と称することにする。

二請求権行使の制限

(一)  労働契約上の制限

被告は、タクシー業界において、運転者が業務の執行中に発生させた事故につき、使用者は、運転者に対し請求権を行使しないという、いわゆる事実たる慣習があり、被告は、黙示的に右慣習による意思表示をして原告会社との間で労働契約を締結したのであるから、右契約上、原告会社は、被告に対し請求権を行使しえない旨主張する。しかし、右主張は、次の理由により、採用することができない。

1  まず、〈証拠〉によれば、原告会社における賃金形態は、固定的給与と水揚げに対応して算定される歩合給とからなつており、運転者が業務の執行中過失により発生させた交通事故によつて会社に損害を与えた場合は、右固定的給与の一部分である無事故手当(第一ないし第三事故当時は一か月二〇〇〇円、第四事故当時は一か月三〇〇〇円)および愛車手当(第一ないし第四事故当時一か月一〇〇〇円)の支給がなされず、右損害が一万円を超える時は、五〇〇〇円の限度で賞与が減額されることになつていることが認められる。しかし、無事故手当および愛車手当は、事故発生防止の観点から設けられたものであり、皆勤手当が皆勤してはじめて具体的に発生する賃金であると同じように、一か月間に自己の過失による事故を起さないことを条件に発生する賃金であるとみるべきであつて、右のような賃金制度の存在と損害賠償請求権もしくは求償権とは本来関係のないものであるから、右賃金制度の存在それ自体は、被告の主張事実を認めるに足りる証拠とはなりえない。賞与の減額の点は、原告会社の受けた損害と関連性があり、右手当が支給されないこととは多少趣を異にするが、民間企業における賞与が業績給的な性格を有することは公知の事実であつて、右は、賞与の算定基準を定めたものに過ぎないとみることができるから、右のような賞与の減額制度の存在も、被告の主張事実と直接結び付くものではない。

2  そして、〈証拠〉によれば、原告会社には就業規則があり、その一二条には「自動車を運転して事故を惹起したときの処理は別に定める」との規定があり、七〇条には「本章の懲戒規定は違反行為によつて会社に損害を与えたときの損害賠償又は不当利得返還の義務を免除するものではない」との規定があること、原告会社には、本採用の運転者全員で組織している「親睦会」の役員から二名、会社側から二名、合計四名構成の事故対策委員会なるものがあり、運転者が事故を発生させた場合、前記賞与の減額をどの程度にするか、運転者に対し請求権を行使するかどうかは、右委員会において審議決定される建前になつており、運転者に対し請求権を行使する基準として、会社側では、一応、酒酔い運転などの法規違反がある場合、会社の指示に従わないで示談をした場合、固定物に衝突した場合、交差点内における追突など一方的過失による場合の四点を考えていること、原告会社は、昭和四〇年から昭和四二年にかけて少なくとも七名の運転者に対し請求権行使の意思を表明していることが認められ、以上の認定事実が被告の主張する事実たる慣習と符合しないことは明らかである。なお、被告の同僚であつた証人柳原は、自分が追突事故を起しても原告会社から求償を受けなかつた旨を供述するのであるが、〈証拠〉によれば、柳原の事故は追突したのでなく、逆に追突されたのであつたと認めることができるので、右供述は信用できず、前記認定を左右するに足りないというべきである。

もつとも、原告会社における請求権行使の状況が右のとおりであるからといつて、この一事のみをもつて被告の右主張を排斥するのは相当でない。けだし、民法九二条は、その文言にかかわらず、事実たる慣習が存在する場合、当事者が積極的にその慣習によるとの意思表示をなすことは、黙示的にも必要でなく、むしろ、当事者の明示もしくは黙示の意思表示により、特に慣習に従わない趣旨が認められない限り、慣習に従つて法律行為を解釈すべきことを規定したものと解すべきところ、弁論の全趣旨によれば、原告会社には、就業規則一二条に基づくいわば事故処理規程なるものがあるわけではないし、請求権の行使に関する会社側の右基準も、文書化されたものではないことが認められるのであつて、被告と原告会社とが労働契約を締結するにあたり、右のような特段の意思表示がなされたことを認めるに足りる証拠はなく、したがつて、もし被告が主張するような事実たる慣習が真実存在するのであれば、原告会社は、就業規則一二条の解釈適用を誤つているといわざるを得ないからである。

3 以上のように、ここにおける争点は、被告主張の事実たる慣習が存在するかどうかである。ところで、被告は、原告会社以外のタクシー会社においては、運転者が会社から請求権を行使された例を聞いたことがないとの趣旨を内容とする、他のタクシー会社の運転者が作成した陳述書を多数証拠として提出し、また、全自交東京地方連合会の組織部長である証人西塔晃および被告本人は、その旨の供述をしている。しかし、右証拠は、いずれも一方の当事者と利害を共にする者の作成等にかかるものであつて、性質上客観性を欠くおそれのあることは否定しうべくもないから、客観的な裏付け証拠がない限り、これらの者が請求権行使の事例を知らないということから、直ちに請求権を行使しないという重大な慣習の存在を認定することは、明らかに行き過ぎだといわざるを得ないし、本件においては、右のような裏付け証拠はなにもない。〈証拠〉によれば、昭和三三年四月一八日参議院運輸委員会において、「自動車事故防止に関する決議」の一項目として「事故の賠償は経営者において負担すること」との決議がなされたことが認められ、もし右決議内容が完全に実施されておれば、当時から十数年を経過した現在、事実たる慣習としての地位を確保したともいえるであろうが、ここでは、右前提事実が問題なのであるから、右のような決議がなされたこと自体は、なんら裏付け証拠とはなりえない。むしろ、右決議の当時においては、そのような慣習が存在しなかつたことを推定せしめる証拠となるというべきものである。

(二)  権利の濫用

被告は、被用者が業務の執行中に発生させた事故につき、使用者が被用者に対し請求権を行使することはおよそ権利の濫用である旨主張するが、右主張は採用できない。しかし、一般論としてではなく、個別的見地から検討してみると、本件の場合、第一ないし第三事故に関する原告会社の請求権の行使は、次の理由により、信義則に反し、権利の濫用であると解するのが相当である。

第一ないし第三事故が昭和四一年一月から五月にかけて発生したことは前記のとおりであるところ、〈証拠〉によれば、第四事故によつて前記水田らに生じた人身損害が昭和四三年七月三〇日言渡の判決により確定したのに対し、第一ないし第三事故による損害は、いずれも物損であり、事故後間もなく賠償額が確定したこと、被告は、第一ないし第三事故を発生させたことにより、それぞれの月の無事故手当および愛車手当を支給されなかつたほか、第三事故に関し昭和四一年七月の賞与を五〇〇〇円減額されたこと、被告は、昭和四二年七月四日解雇されるまで原告会社に勤務していたのであるが、在職中一度も原告会社から請求権を行使するとの意思の表明を受けなかつたことが認められ、以上の事実によれば原告会社は、遅くとも昭和四一年七月の賞与支給時ごろまでには、前記事故処理委員会の審議決定を経て、第一ないし第三事故に関しては、被告に請求権を行使しない旨の決定をなしたものと推認するのが相当である。

以上のように、第一ないし第三事故に関する被告の責任は、原告会社における所定の手続に従い、いわば労使間の話合で一旦不問に付されたのであるから、右決定により請求権が放棄されたとまではいえないにしても、原告会社の翻意がやむを得ないものと思われる特段の事情が認められない本件にあつては、右事故に関する請求権の行使は、信義則上許されず、権利の濫用である、といわなければならない。

なお、被告作成部分については成立に争いがなく、原告会社作成部分については証人三戸の証言により真正なものと認められる甲第四号証および右証言によれば、被告は、第三事故と第四事故の中間(昭和四一年九月一〇日)にも交通事故を起し、原告会社に対し原告車両の修理費三〇〇〇円相当の損害を与えたことが認められ、これによると、被告は、約一年間に五件の交通事故を発生させたことになる。これは、当時被告が原告会社入社後第二免許を取得して間もない頃であつたことを考慮に入れても、極めて頻繁な回数であつて、もし、第二事故以後の各事故につき原告会社が請求権を行使していたとしても相当であつた考えさせるに足りるものであるけれども、現実には第三事故まで行使されなかつたと推認しうること前記のとおりである。そして、この回数を以てしても、この程度の金額では、一旦不間に付した請求権の行使に翻意すべきやむを得ない特段の事情というのには、まだ十分でないと認められる。また、原告代表者および証人三戸は、請求権は、当該運転者が退職の意思表示をなした時に行使するものであつて、被告の場合は、退職が解雇によるものであつたため、請求ができなかつたに過ぎない旨供述するが、右供述は、〈証拠〉に照して、採用しない。

以上の理由により、第一ないし第三事故に関する原告会社の本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく失当である。したがつて、以下では、第四事故に関する請求についてのみ判断する。

三過失相殺

(一)  〈証拠〉によれば、第四事故の発生当時、原告会社の運転者は一〇〇名程度であつたこと、タクシー会社における運転者一人当りの平均的水揚げ額は一か月一四万円程度であり、原告会社では、水揚げが一四万円の場合、運転者に対し約五万円の給与を支給していたこと、第四事故の原告車両については、車両保険対人賠償責任保険とも加入していなかつたことが認められる。

ところで、タクシー会社は、運転者を事故発生の危険性が極めて高い車両運行の業務に従事させ、これにより企業収益をあげているのであるから、運転者と右危険を分担すべきものであつて、現実化した危険を右水揚げに対して占める運転者の給与部分を超えて運転者に負担させることは、公平の原則上妥当でない、と考えられる。しかも、本件の場合、原告会社は、企業として当然なすべき危険の発生に対処すべき保険加入等の事前措置を怠つていたのであるから、右運転者の負担すべき危険の半分をさらに原告会社に負担せしめるのが労使間の負担を公平ならしめるゆえんであろう。結局、原告会社に生じた損害のうち強制保険により填補できなかつた残余額中、原告会社が被告に対し賠償を求めうる割合は、給与部分約三六パーセント二分の一すなわち一八パーセントと認めるのが相当である。

(二)  以上のようなタクシー業務の執行に内在する固有の危険要素のほかに、事故の発生につき、原告会社に具体的な過失があれば、賠償額を定めるにつきこれをも斜酌すべきことは無論であるが、本件の場合は、特に右過失を認めるに足りる証拠はない。(〈証拠〉によれば、原告会社のいわゆる水揚歩合は、全自交東京地連傘下の各労働組合のある諸会社に比し、多少低いことが認められるけれども、これを以て労働条件に由来する過失相殺を根拠づけるのは相当でないと考えられる。)

四損害

(一)  〈証拠〉によれば、第四事故によつて原告会社に生じた損害は、原告車両の修理費六万三八五〇円、相手方車両の修理費五万三一二〇円、前記水田の傷害によるもの五一万七八七〇円であることが認められる。

(二)  ところで、求償権を行使しうるためには、直接の被害者に対し損害額を全額損害することを要するものと解すべきところ、右水田の傷害による損害については、〈証拠〉により、昭和四三年八月一五日原告会社が全額賠償済みであることが認められるが、相手方車両の修理費を原告会社が支払つた証拠はなにもない。したがつて、相手方に対して損害賠償債務を負担したことによる損害に関する本訴請求部分は、求償権行使の要件を欠き失当であるといわなければならない。

(三)  原告会社が強制保険金四〇万九七〇〇円を受領したことは、原告会社の自認するところであるから、これを右損害額から控除すると、原告会社の損害は、車両関係六万三八五〇円、水田関係一〇万八一七〇円となり、これを前記割合によつて過失相殺すると、右損害のうち被告が賠償すべき額は、車両関係一万一四九三円、水田関係一万九四七〇円(円未満切捨)となる。

(四)  弁論の全趣旨によれば、被告は、第四事故を発生させたことにより、昭和四二年二月の給与において無事故手当および愛車手当の合計四〇〇〇円を支給されなかつたことが認められ、これによると、原告会社は、被告が第四事故を発生させたことにより、右のような損害を負つた反面、右手当の支給を免れたのであるから、損益相殺の法理により、当時履行期の到来していた車両関係の損害から右四〇〇〇円を控除すべきである。

五結論

以上の理由により、被告は、原告会社に対し二万六九六三円およびうち七四九三円に対しては訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月二七日以降、うち一万九四七〇円に対しては弁済期ののちである同年八月一六日以降各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告会社の本訴請求は、右の限度で理由があり、その余は失当である。

よつて、原告の本訴請求中理由のある部分を認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は、事案の性質上相当でない。(倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

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